三十代に差し掛かった頃の私は朝起きて洗面台の鏡に向かうのが憂鬱で仕方ありませんでした。かつては眉毛にかかるくらい厚みがあった前髪が日に日に頼りなくなりおでこが透けて見えるようになっていたからです。風が強い日に外を歩くときは無意識に手で額を押さえ電車の窓ガラスに映る自分の姿を見てはため息をつく毎日でした。M字ハゲなんて自分には無縁だと思っていたのに現実は残酷にも進行していきました。このままでは前髪がなくなってしまうという恐怖に駆られ私はついに重い腰を上げてAGA治療を始める決心をしました。私が選んだのは自宅から少し離れた場所にある専門クリニックでした。知人に会うのが怖かったからです。初診の際医師にマイクロスコープで前髪の生え際を見せてもらったときの衝撃は今でも忘れられません。そこには太い髪に混じってか細い産毛のような毛がたくさん生えており一つの毛穴から一本しか生えていない寂しい状態が映し出されていました。典型的なAGAの症状ですねと告げられたときショックと同時に原因がはっきりしたことで少しだけ安堵したのを覚えています。私は迷わずフィナステリドとミノキシジルの内服薬による治療を選択しました。治療を始めて最初の一ヶ月は初期脱毛という洗礼を受けました。薬が効き始めている証拠だと言われても前髪がさらに薄くなっていく恐怖は筆舌に尽くしがたいものがありました。シャンプーをするたびに指に絡まる抜け毛を見ては涙が出そうになりました。それでもネット上の体験談を読み漁りこれは誰もが通る道だと自分に言い聞かせて耐え抜きました。あの期間が一番辛かったです。鏡を見るのを避けできるだけ前髪のことを考えないように仕事に没頭しました。変化を感じ始めたのは四ヶ月目に入った頃でした。いつものように鏡でおでこをチェックしているとM字の剃り込み部分に黒い点々のようなものが現れているのに気づきました。目を凝らして見るとそれは新しい産毛でした。生きていたんだ毛根はまだ死んでいなかったんだと心の中で叫びました。それからは毎日鏡を見るのが楽しみになりました。産毛はゆっくりとですが確実に太く成長していき地肌が見えていた部分を少しずつ埋めていってくれました。半年が経過する頃には前髪の密度は明らかに戻っていました。風が吹いても以前のようにパカッと割れることが少なくなりおでこの透け感も気にならなくなりました。久しぶりに会った友人からなんか若返った?と言われたときは心の中でガッツポーズをしました。髪が増えたことで自信が戻り外出するのも人と話すのも苦にならなくなりました。性格まで明るくなったような気がします。今振り返ればあの時勇気を出してクリニックに行って本当によかったと思います。もし悩んでいるだけで何もしなければ今頃私の前髪は完全になくなっていたかもしれません。AGAは進行性の病気であり時間は待ってくれません。特に前髪は一度失うと取り戻すのが難しいと言われています。鏡を見るのが怖いと感じている人がいるならそれは体からのSOSです。その恐怖を行動に変えることで未来は変えられます。私の体験が同じ悩みを持つ誰かの背中を押すきっかけになれば嬉しいです。
鏡を見るのが怖かった私が前髪を取り戻すまでの記録