筋トレと薄毛の関係について語られる際、必ずと言っていいほど登場するのが「男性ホルモン」です。筋トレが男性ホルモン、特にテストステロンの分泌を促すことは事実であり、これが筋肉の成長に不可欠な役割を果たします。一方で、男性型脱毛症（AGA）の原因が、テストステロンが変換されたジヒドロテストステロン（DHT）であることも広く知られています。この二つの事実を結びつけて、「筋トレでテストステロンが増えるとDHTも増え、結果としてハゲる」と考えてしまうのは、一見すると論理的に思えるかもしれません。しかし、この考え方にはいくつか注意すべき点があります。まず、筋トレによって増加するテストステロンの量は、あくまで生理的な範囲内での一時的な変動であり、これが直ちにAGAのリスクを大幅に高めるレベルに達するとは考えにくい点です。私たちの体には、ホルモンバランスを一定に保とうとする恒常性（ホメオスタシス）の働きがあります。また、テストステロンからDHTへの変換には、「5αリダクターゼ」という酵素が関与していますが、この酵素の活性度や、DHTを受け取る毛根の感受性の高さは、主に遺伝によって決まります。つまり、AGAを発症するかどうか、どの程度進行するかは、筋トレによるテストステロンの一時的な増加量よりも、元々持っている遺伝的な素因の方がはるかに大きな影響を与えると考えられるのです。筋トレをしている人で薄毛の人がいるのは事実ですが、それは筋トレをしていない人の中にも薄毛の人がいるのと同じように、遺伝的要因や加齢、その他の生活習慣などが複合的に関与している結果と見るべきでしょう。テストステロンは筋肉だけでなく、骨の健康や意欲、性機能など、男性の心身の健康維持に不可欠なホルモンです。筋トレと男性ホルモン、そして薄毛の関係について、誤解に基づいた過剰な心配は避けるべきと言えます。